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『零戦の運命』1994年講談社 P136.L11〜
<前略>・・・しかし、ここではお互いに同じ型の同じ性能の飛行機に乗り、同じ燃料を使って操縦するのだから、理論から言えば燃料を使い果たすか地面につくまで勝負はつかないはずなのに、これがあっさり若年者の負けとなって勝負がついてしまうから、若年者からみればまことに不思議としか言いようのないベテランの操縦術であった。
<中略>
対等に立ちあがって、相手より旋回半径を小さくすれば食い下がれることになる計算である。ところが、相手より気速を大きくして相手より外を回っても追尾できる計算が成り立つ。要は一旋転に要する時間を相手より小さくすれば追尾できるということだ。
<中略>
同じ条件で立ち上がった後、自分有利の相手機の後方に接近、食い込むためには、相手機より円運動の弧を小さくすれば良い。これが道理であるが、このベテランたちは、まったく違う飛び方をして、60〜70メートル後方から追尾する私たちを宙返りの一回転終わったところで逆転する技を持っていた。この技は、追尾する私たちより円を小さく回る飛び方ではなく、完全に大きく回ることによって宙返り一回転の終わりで逆転する飛び方をしたのである。
そこでその飛び方である。
元来、宙返りの操縦法は、急降下後の宙返りに必要な気速を得た時からの機の引き起こしにはじまり、真円を描いて元の引き起こし点に戻る。これが宙返りの操縦法である。しかし、ベテランパイロットは、もっとも苦手とする宙返りの頂点、ちょうど勘の狂う背面でそれまで引きつけていた操縦桿を少し緩めて背面水平飛行を行うのである。
正直な宙返りの弧を頭において追尾し、背面となった後続機は、この時背面のまま追尾しようとするが、機はすでに気速を失いかけた背面失速の状態に近づく。そこで仕方なく操縦桿をさらに引きつけて機首を下げ、早く気速をつけて正常の宙返りの引き起こしをしてしまう。
一方、意図的に背面飛行状態を引きのばし、変形の降下に移り、引き起こそうとする(相手)機の後上方にもぐりお先にどうぞとばかりゆっくり追尾する。これで一巻の終わりということである <中略>
さて、ベテランは追尾してくる相手後続機をどのようにして背面で失速近くに引き込み、フラフラにしたか。
これは意外と簡単な操作でできた。
まずベテランは宙返りに必要な気速をつける時、正直な相手のようにエンジンを全速にせず、70%ぐらいに利かせて宙返りに必要な気速をつけ、そのまま急速に円運動の頂点、背面近くまで機をひっぱり後続機を確認しながら正しい釣り合いのとれた背面飛行状態に入り、ここで一気に今まで溜めておいた30%の余力のエンジンをふかす。
その結果として、後続機を背面飛行で引き離し正直に飛んでごまかされた後続機がつられて追尾を続けようとしても、エンジン出力に余裕がないのでフラフラの失速直前になって仕方なくリーダーより小回りをして機首を下げ、降下に移る。「お先にどうぞ」と先行させて、自分はゆっくり追尾に入る。この追尾に入り始める微妙な操縦法をいつの間にか人呼んで捻り込みの技。
もちろん、これは実戦なら背面になる前に後続機に射たれてしまう邪道であるが、その頃のベテランたちは、このようなずるい飛び方を編み出していたのである。
<中略>
複葉の90戦、95戦時代には、操縦を誤って機を失速させ錐揉みに入りかかっても悪性の飛行状態からの回復は比較的容易であった。だから先のような先輩たちのごまかし操縦も効き目を現したが、高性能の96戦時代からは錐揉みも悪性となったので、このような邪道の操縦法は当然行われなくなり、真剣に格闘戦を研究するようになった。その結果、96戦を以ってする本物の捻り込みの技が開発された。
しかし、この技には厳密にいうと、ベテランたち一人ひとりがその技の利かしどころを工夫したので、それぞれに個性があり味が違っていた。
[この節引用終わり]
>したがって、坂井さんの表現の、細かいところまでこだわって検討してみる必要があると思います。矛盾に見えるところが、かえって別の意味をもっているのかもしれません。
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>このツリーでは、坂井さんの著作、記事、談話などで、左捻り込みに関するものを抜粋転載し、みなさんと論点を検討していければと思います。」
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