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坂井さんの書かれたものの中には、「捻り込みは相手をオーバーシュートさせるもの」と明快に説明したものはありません。ただし、傍証となるような記述はかなり多くあります。その中でもっとも如実に現れているのは、「零戦の運命」で紹介しているベテランの技です。これによると
『お先にどうぞ』と先行させて、自分はゆっくり追尾に入る。この追尾に入り始める微妙な操縦法をいつの間にか人呼んで捻り込みの技。
「零戦の運命」講談社1994年 P141
とあります。あきらかに相手をオーバーシュートさせることを言っています。
ただ、1970年に書かれた「続・大空のサムライ」では、ベテランたちの技を「魔術」と表現し、坂井さんの体得した技は「これにちかいものであったことはまちがいはない」とまで断言されているのに、1994年に出版された「零戦の運命」では、これらベテランの技を批判的にみており、ご自身の技とは一線を引いています。
「零戦の運命」に書かれている、坂井さんの編み出した技についての解説では、残念ながら、オーバーシュートとはっきり読める部分は見当たりません。しかし、背面に入る前まで後ろに付いてきている相手を、背面を過ぎて降下に入る頃には、「左前方にみて」います。当然、背面前後でオーバーシュートさせたと考えられるのに、肝心の部分は、相手より小回りするとしか書かれていないのです。
ベテランの技の解説では、明快にオーバーシュートと読めるのに、ご自身の技についてはっきり書かないのは、理由があると考えられます。
それは、後方から追尾してくる相手をオーバーシュートさせるということは、相手に背中をさらすということにほかならず、このとき射撃を受けてしまうのではないかという問題です。相手に照準させずにオーバーシュートさせることが合理的に説明できない限り、オーバーシュートとははっきり書けないのだと思います。
事実、坂井さんは、ベテランの技の背面前後の部分、つまり相手をオーバーシュートさせる場面を指して、
「これは実戦なら背面になる前に後続機に射たれてしまう邪道であるが、その頃のベテランたちは、このようなずるい飛び方を編み出していたのである。」
と批評しています。
70年代には、自分の技にちかいものだったと断言しているのに、ここでは「邪道」「ずるい飛び方」とまで言っています。
しかし、批判はそのまま、坂井さんの技へ跳ね返ります。つまり、ベテランの技は後続機に撃たれてしまうが、坂井機は撃たれないということです。すると、どうして撃たれないかが、非常に重要になってくる。坂井さんは、自分の編み出した技について、次のような解説をされています。
「もっとも、なかには、後続機も同じ技を発揮して追尾すればよいではないかという意見もあろうが、一瞬先にこの技に引き込むと、追尾機は背面状態では必ず勘が狂って同じ軌跡をたどることはできない。」
背面姿勢では勘が狂うため、左捻り込みする坂井機と異なる軌跡を辿り、至近距離で坂井機を照準・射撃することなく、降下するときには、坂井機の左前方にでてくるということでしょうか。
これでは、どうしてベテランは撃たれるが坂井機は撃たれないかについて、到底説得力のある説明とは言い難いです。
(この解釈はぼくの読解力のせいかもしれませんので、もし、説得力のある説明、解釈があればどなたかお願いします)
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